左から副島賢和さん(昭和大学大学院保健医療学研究科 准教授/学校心理士 SV/昭和大学附属病院内学級担当)、森亮介(ライフネット生命保険 代表取締役社長)

入院中の子どもたちが病院内で勉強をする「院内学級」の教師であり、ホスピタル・クラウンでもある副島賢和さん。なぜ、クラウン(道化師)の道を選んだのか。そこには、子どもだけではなく大人にも共通する「心の傷」に寄り添う大きなヒントがありました。

■子どもの本質は変わっていないが、周囲の環境が大きく変わった

森:副島先生の目から見て、時代の変化とともに、子どもの考え方や行動も変わってきていると感じられますか。

副島:子どもの本質自体はあまり変わっていないと感じます。うれしい時にはうれしい表情をするし、困っている時には助けて欲しいという顔をします。ただ、それを受け取る周りの大人の不寛容さ、あるいは過剰な情報といった周囲の環境が、今の子どもたちを作り出していると感じます。

例えば、初めて院内教室に入ってきた子が、だいたい最初にやることが「先にいた子をちょっと傷つける」ことなんです。とはいっても、別に殴ったりするわけではなく、「その勉強、もう終わったし〜」とか、「私は折り紙得意だし〜」と言うんですよ。そうやって相手の気持ちをちょっと傷つけて、自分のポジションを確保していくんですよね。これは、きっと今の子どもたちがいる「社会」でなされていることなんですよ。

僕はそういうとき、「先生ね、あなたと他の子を比べていないから」と言うんです。「もし比べるんだったら、昨日のあなたと今日のあなたかな」と。そういう言葉をかけると、子どもはものすごく柔らかくなります。ここにいる人間は自分を傷つけない、ここは安全な場所だと分かったら、子どもは本来の姿を見せてきます。

僕はそれを「鎧を脱ぐ」と表現しています。ふわーっと鎧を脱いだ時の子どもたちの、ものごとに対する反応や感情の動きは、とってもいいですよ。だって、子どもたちは感覚をちゃんと取り戻した時に、学びを始めるんですから。


副島:第六感を含む五感をちゃんと解放していないと、学ぶことはできないはずです。例えば、満員電車の中で勉強しなさいと言っても、うるさい音とか、光とか、知らない人が近い距離にいるというべたっとした不快感とか、さまざまな刺激が強すぎて、学ぶことはできません。僕たち大人ですらそういった刺激が嫌だから、身を固くして、スマホに目を落としたり、イヤホンをして周囲の音を消したりしてじっと耐えるわけですね。

もし、子どもたちにとっての学校がそんな状態になっていたらどうでしょう。隣の子が何をしてくるか分からない。先生がいつ怒鳴るか分からない。自分が意見を言ったら批判や否定をされるかもしれない。そんな場所で、学びなんかできませんよ。だから、院内教室の空間では、学びができるように僕らが努力をするんです。

でも、子どもたちは退院をする時に、再び鎧を着ちゃうんですよ。

森:環境が変わると、また力が入ってしまうわけですね。

副島:そうなんです。顔つきから変わります。でも、自分の体の中に、「そういう空間があった」「そういう出会いがあった」ということをちゃんと持って大きくなってくれたら、何かあった時に、そこに立ち返るヒントになるかもしれない。そういう種を植えることが、僕の仕事じゃないかなと思っています。

■「クラウン」は、一緒に心の傷と向き合う存在

森:副島先生は、院内学級の中で赤い鼻を付けてクラウン(道化師)の格好をしていますよね。なぜ、赤鼻を付けるのでしょうか。

副島:赤鼻は、子どもたちと関わっていく手段の一つに過ぎないんです。クラウンじゃなくても、絵を描くこと、歌を歌うこと、ピアノを弾くこと、さまざまな手段を通じて関わることができます。

僕が赤鼻を付けたきっかけは、「赤鼻を付けたら、別の自分になれるんじゃないかな」と思ったことでした。以前、小学校の担任をしていて辛いことがあった時に、パッチ・アダムスさんというホスピタル・クラウンの先駆者を知って、素敵だなと感じて勉強を始めたんです。赤鼻を付けることを「ノーズオン」と呼ぶのですが、ノーズオンをすれば、別の存在に変身できるんじゃないかと。でも、トレーニングをすればするほど、自分の中にないものって一切出てこなくなるんです。


森:そうなんですか。ノーズオンは、ある種の変身のスイッチになるのかと思っていました。

副島:ええ。僕は、名古屋のホスピタル・クラウン協会(NPO法人日本ホスピタル・クラウン教会)でトレーニングを受けたのですが、先輩たちから、「自分の中に眠っているクラウン性を磨いて、ちゃんと華を咲かせていくこと。そうしないと、とっさの時にクラウンの動きができないから」というアドバイスを受けました。

クラウンと一言で言っても、陽気なクラウン、ちょっと引っ込み思案なクラウン、さまざまなキャラクターがあります。取って付けたようなことをしても、本当にふとした瞬間、例えばトラブルや危機的状況が発生した時に、その動きができなくなるんです。だから、普段から自分をよく観察して、こういう時はこういう表情をするとか、こういう動きをするということを、ちょっと大げさに膨らませながらトレーニングするんです。

森:まさに自分を見つめる、自分を突きつけられるようなことですね。

副島:そうなんです。それが、カウンセラーの勉強ととてもよく似ていたので、クラウンのトレーニングは子どもたちと接する時に役立ったと感じています。

森:昔、「クラウニング」という言葉を耳にしたことがあります。自分が経験した気持ちやトラウマを話し、クラウンが動作で再現する。それを自分が第三者視点で見ることで、客観的に理解し、消化するということでした。今、お話を伺って、それに通じるものがあると感じます。


副島:ええ、僕が考えていることと非常に近いですね。人の記憶って、本当にぐちゃぐちゃになっているんです。例えば、洋服をきちんとたたまないまま引き出しにしまおうとすると、袖や襟がはみ出してしまって、うまく収納できませんよね。すると、ちょっとしたきっかけでその引き出しが開いて、服が飛び出てきてしまう。これが、「フラッシュバック」と言われる状態です。

そういった過去の嫌な記憶に苦しんでいる時に、一緒にその引き出しをもう一度ゆっくり開けて、ぐちゃぐちゃになった記憶を取り出して、たたみ直して、きれいに入れて引き出しを閉じる。きちんとしまうことができたら、嫌な記憶はもう出てこないんです。ちゃんと自分の記憶の中に入るんですね。ただ、それはものすごく大変な作業でもあります。そういうことを一緒にやるのが、カウンセラーの仕事であると僕は説明しています。

■エネルギーを溜めるには、「今感じている感情」を大事にすること

森:副島先生は「ホスピタル・クラウン」という表現をされていました。クラウンの本質があってこそ、ホスピタルという場所で融合できる。このように、関わり方としてのクラウンは、おそらくさまざまな場所で活用できるのではないでしょうか。子どもだけじゃなくて、我々大人だって、いろんなものを抱えながら職場に来たり、地域コミュニティと関わりを持っていたり、あるいは育児をしていたり、さまざまな方がいらっしゃいます。そういう方々が、特にネガティブな感情を外に出せなくなっているケースが多いと感じます。今の世の中で、閉じ込められてしまっているものを出すための触媒でしかないのかもしれませんが、クラウンはそういったポテンシャルを秘めているのではないかと思いました。


副島:私のクラウンの師匠である大棟耕介さんという方が、「クラウンは、常に名脇役だ」と教えてくださいました。主役を下から持ち上げるということですね。

そのことと、私が学んだ心理学とあわせて思うことがあります。人間は、辛い時に精神年齢を下げて防衛反応を示すことがありますね。心理学の用語で「退行」と呼ばれる現象です。これは感情をうまく言葉にできない子どもに現れるケースが多いのですが、大人も同じです。大人も、しんどい時には誰かに抱きしめてもらったり、いい子いい子してもらったりしてほしい時ってあるじゃないですか。そういう瞬間って、人間にはすごく大事なんです。

子どものように今を感じとり、子どものように戻ること。クラウンは、それを体現する一つの形だと思います。昨今、マインドフルネスとか、ヨガとか、映画を観たり音楽を聴いたりすることがフォーカスされていますが、それらもきっと、今の感情をしっかり味わうことが見直されているのだと思います。今の体の感覚を大事にする瞬間を作る。それは、エネルギーを溜めるためにとても大事なことなんだと思います。


森:最後に、これから副島先生がやりたいこと、目指していることをお聞きかせいただけますか。

副島:これからは、院内学級のない病院にいる子どもたちの教育保障をすることと、入院中の子どもたちに指導できる教員を育成することに挑戦していきたいと考えています。

今後、医療技術の発達とともに、医療的なケアを要する子どもは確実に増えていきます。しかし、院内学級のような体制が整っていない病院は、まだまだたくさんあります。そういった子どもたちへの支援制度を整えていかなければなりません。これが、僕が今年3月に決めた目標です。

(了)

<プロフィール>
副島賢和(そえじま・まさかず)
1966年福岡県生まれ。昭和大学大学院保健医療学研究科准教授、昭和大学付属病院内学級担当。学校心理士スーパーバイザー。大学卒業後、東京都の公立小学校教諭として勤務。1999年より東京学芸大学大学院にて心理学を学び、2006年より8年間、品川区立清水台小学校教諭・昭和大学病院内さいかち学級担任。「ホスピタル・クラウン」でもあり、2009年ドラマ『赤鼻のセンセイ』(日本テレビ)のモチーフとなる。2011年『プロフェッショナル仕事の流儀』(NHK総合)に出演し、大きな反響をよぶ。著書に『あかはなそえじ先生の ひとりじゃないよ:ぼくが院内学級の教師として学んだこと』(学研教育みらい)、『赤はな先生に会いたい!』(金の星社)など。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナルオンライン編集部
文/森脇早絵
撮影/横田達也