東京喫茶店研究所二代目所長・難波里奈さんに教わる、純喫茶のツウな楽しみ方

最近の「昭和レトロ」ブームを受けて、純喫茶に興味を持ち、さまざまなお店を巡ることを楽しむようになった方も多いのではないでしょうか。そうした中で、SNSで話題になっているお店やメニューを求めてお店に足を伸ばしてみることも楽しさのひとつですが、より純喫茶の魅力を満喫するために、一歩踏み込んだ楽しみ方を実践してみるのはいかがでしょう。
 今回は、東京喫茶店研究所の二代目所長であり、ご自身でも2,000軒以上の純喫茶を訪ねてきた難波里奈さんに、純喫茶のツウな楽しみ方を教えていただきました。

お気に入りの席から、ここにしかない景色を味わう。

 まずは、座った席から見られる景色をゆっくりと楽しんでみてください。純喫茶における内装は、個性が表れるひとつのポイント。マスターたちが作り上げた大切な空間にお邪魔して、全体を俯瞰して見てみることで、様々な装飾やインテリアなどから、お店のこだわりや歴史を感じることができます。そうしていくうちに、自分の「好きなもの」に対する価値観が磨かれていくようにも感じます。
 また純喫茶巡りを楽しみながら、お店ごとの景色の違いを比較してみるのも面白いと思います。「あれは、あのお店でも見た、あの時代のものかな」と、新たな気づきが生まれるかもしれません。

木の実

 “席から楽しむ景色”という点でいくと、小岩にある「木の実」は、マスターの世界観をより濃く楽しめるお店のひとつです。まるで森の中にいるような感じになる空間が特徴的で、造花などを用いて季節によって装飾を変えているのも木の実ならでは。春には桜を、秋には紅葉をお店の中で楽しむこともできます。また、訪れる季節だけでなく、その時間帯や座る席によっても見える景色がガラリと変わるというのも魅力のひとつです。何十年もお店を営む中で、絶えず店内の空間づくりに工夫を凝らしているマスターのこだわりと愛がつまったお店に是非何度も足を運んで、お気に入りの席を見つけてみてくださいね。

木の実

珈琲木の実
〒133-0057 東京都江戸川区西小岩1-20-20

お店の歴史を、音楽と共に感じる。

 続いては、目だけでなく「耳から楽しむ純喫茶」について。ゆっくりと流れる自分だけの時間を、こだわりの一杯と一曲に浸りながら過ごすのも、音楽が特徴的なお店ならではの楽しみ方なのではないでしょうか。「マスターはこんな音楽が好きなんだな」と想像を膨らましてみるのはもちろん、流れてくるその曲の時代背景や、お店の長い歴史に想いを馳せてみるのもおすすめです。

らい

 蔵前の「コーヒーショップらい」では、レコードプレーヤーから流れる心地良い音楽を楽しむことができます。ビリー・ホリデイをはじめとする女性ジャズシンガーが大好きなマスター。店内にはこだわりのスピーカーが1階と2階の二カ所に設置されていて、どの席からも、ジャズシンガーたちの美しい歌声を堪能することができます。そんな素敵な音楽に包まれながら店内を見渡してみると、天井にとある絵が飾ってあることに気が付きます。今では日本最大のサンバカーニバルのコンテストとして知られる「浅草サンバカーニバル」の立ち上げ時から関わられていたというグラフィックデザイナー兼興行師の常連さんが、まだデザイナーの卵だった頃に描いた絵だそうです。ファッションやカルチャーに携わる方々の若き日のたまり場だったという、「コーヒーショップらい」の歴史を象徴するようなアイテムでした。音楽に耳を傾けることで出会える発見があることもまた、純喫茶の魅力のひとつです。

らい

コーヒーショップらい
〒111-0055 東京都台東区三筋2-24-10

マスターや常連さんとのコミュニケーションを大切にする。

 純喫茶ではマスターやマダム、ときには常連さんとの会話も楽しめます。私が純喫茶巡りをはじめた当初は、写真を撮ったりお店を紹介したりすることがまだメジャーではなかったこともあり、お店の方とコミュニケーションを図ることを特に大切にしていました。写真を撮りたいと思ってもいきなり切り出すのではなく、まずは自分自身がこのお店に興味を持っていることをお伝えして、「あまりにも素敵なお店なので、思い出に残しておきたく、写真を撮ってもいいでしょうか」とお願いするようにしていました。
 もし「マスターとお話ししてみたいけど、どう声をかけてみよう」と迷っていたら、自分がお店に入って素敵だなと感じたところや気になった点について、マスターがつい話したくなるようにボールを投げることを意識してみてください。接客のプロであるマスターたちは、きっとたくさんのお話を聞かせてくれるはずです。ただ、あくまでも他のお客様が寛いでいる時間の邪魔をしたくはないので、混雑状況などを考慮しながらタイミングを見計らう気遣いは必要です。混んでいたら無理に話そうとせず、その日は諦めることもあります。タイミングについてはそのときの様子次第ですが、注文したものを運んできてくださったときやお会計時にお声をかけることも多いです。
 マスターとの会話をきっかけに、自分ひとりでは知りえなかった情報に出会えた瞬間はとても楽しいものです。たとえばメニューひとつとっても、SNS等で話題に挙がっているものとは別にもっとおすすめのものがあったり、常連さんが毎日のように頼むメニューがあったり。そういった深いお話を聞けるのも、楽しみのひとつです。マスターとお話している途中で地元の常連さんが入ってきてくれて会話の輪が広がったこともありました。「この街にはこんなお店があるよ」とか「このお店が好きだったら、あのあたりの通りも好きだと思うよ」といった、地元の方ならではの街の情報を教えていただいたことも。

マスター

街から楽しむ。街も一緒に好きになる。

 常連さんとのエピソードからもつながりますが、「街ごと楽しめる」ようになるのも、純喫茶のもつ魅力のひとつだと思っています。私自身、初めの頃は行きたいお店だけを目当てに街に降り立っていましたが、だんだんとその前後の時間で散策を楽しむようになり、結果その街自体を好きになったという経験が多々あります。
 西武新宿線の都立家政駅近くにある「つるや」は、“訪問をきっかけに街を好きになった”事例のひとつです。庭に飾られている鶴の置物は、オープン時にお店の名前にちなんでプレゼントされたものだそう。有名な建築物を数多く設計されているというご親族の方によってデザインされたモダンな内装は、一般的な喫茶店イメージとは異なるのですが、一度席に腰を下ろしたら、立ち上がりたくなくなってしまうほど落ち着いた時間を過ごせる特別な空間です。今まで馴染みのなかった駅でしたが、喫茶時間を過ごした後に街を歩いてみたらとても好きになりました。ローカル線沿いならではの暮らしやすそうな雰囲気にも惹かれ、つるやを訪れるときは散策もセットとなったのです。

つるや

 スマートフォンの普及などにより、今ではあらゆる媒体から喫茶店の情報を得られるようになりましたが、自分にとっての「よいお店」はメディアに取り上げられているところばかりとは限りません。ですので、まずはお目当ての喫茶店を目指して、そのあとは適当に歩きながら視界に入った気になるお店に飛び込んでみるのもおすすめです。そのような楽しみ方から好きな世界が広がることもあります。

つるや

つるや
〒165-0032 東京都中野区鷺宮1-27-3

純喫茶の楽しみ方って、無限大。

……以上、難波さんに教えていただいたツウな楽しみ方の数々でした。「純喫茶」と聞くとつい「昭和レトロ」な雰囲気や、コーヒーやデザートといったメニューに目がいきがちですが、様々な楽しみ方があるということを知っていただければ幸いです。 もちろん今回ご紹介いただいた限りではありません。あなたならではの楽しみ方も自由に探してみてくださいね。見つけた際には是非「#純喫茶ジャーニー」のハッシュタグ投稿と共に聞かせてください。
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記事著者:難波里奈(なんば りな)
東京喫茶店研究所二代目所長。東京生まれ・東京育ち。
現在、一般企業に勤務の会社員でありながら、仕事帰りや休日にひたすら訪ねた純喫茶は2,000軒以上に