副島賢和さん(昭和大学大学院保健医療学研究科 准教授/学校心理士 SV/昭和大学附属病院内学級担当)

入院中の子どもたちが病院の中で勉強をする「院内学級」。昭和大学病院の准教授として院内学級の教師を務める副島賢和さんは、「ホスピタル・クラウン(道化師)」と呼ばれる赤鼻をつけたユニークなスタイルを取り入れながら、子どもに寄り添ってきました。教育のみならず心のサポートも必要とされる子どもに、どのように接し、寄り添っていくべきなのか。子育て世代に支持されているライフネット生命保険の社長・森亮介がうかがいました。

*ご契約者さまの8割が20代〜40代の子育て世代(ライフネット生命の2018年新契約データより)

■院内学級を始めた当初は、試行錯誤の連続だった

森:まず、副島先生が「院内学級」の教師を目指したきっかけについて教えていただけますか。

副島:大学を卒業してから長い間、小学校の教員をやっていました。小さい頃の担任の先生に憧れて、夢を追いかけて教員になったわけです。ただ、もともと体が丈夫ではなく、教員になってからも何度か入退院を繰り返していました。その時に、病院の中で入院中の子どもたちと出会ったんです。

退院後は児童心理学を学ぶために大学院に通っていたんですが、そこで病気で学校に行くことのできない子どもがたくさんいることを知り、自分の経験や学んだことを生かせるのではないかと思い始めました。

また、担当していた生徒が病気で亡くなったことも、「病気で苦しみ、自分の夢を追えなくなった子どもたちのために何かできないだろうか」と考える大きなきっかけとなりました。

森亮介(ライフネット生命保険 代表取締役社長)

森:副島先生のロールモデルとなった方はいらっしゃったのでしょうか。

副島:良い面でも反対の面でも、モデルとなった方ばかりです。僕は小学生の頃、当時の担任の先生に憧れて、教師を志しました。それからずっと、さまざまな先生を見ながら、「こんな先生になりたいな」「こういう先生にはなりたくないな」という視点で見ていました。

実際に出会った人だけじゃなくて、宮沢賢治さんのような作家や人を導く「師」と呼ばれる人たちからもその視点を取り入れてきました。

森:副島先生は院内学級に携わってこられたということですが、その「形」が出来上がるまでに多くの試行錯誤があったのではないかと思います。これまでどのような難しさや悩みがあったのでしょうか。

副島:最も難しかったのは、院内学級では子どもたちと関わる時間が極端に短いということです。院内学級といえば長期入院のイメージがあるかもしれませんが、実は僕が子どもたちと会える時間は平均で一人当たり4〜5日間しかありません。しかも、彼らは健康な子どもたちではなく、エネルギーが波のように変わります。限られた時間の中でどのように関わっていけばよいのかということは、自分なりにすごく考えました。

クラウンになっている時の副島先生

副島:2つ目に難しかったのは、病院の中で教育に携わるということです。「病院との連携」と簡単に言われますが、「たった4~5日の入院のために、なぜ教室が必要なのか」という意見も根強く、理解を得るのに時間がかかりました。

3つ目は、だんだん分かってきたことですが、病気の子どものみならず、そのご家族も傷ついているということです。その傷に、僕はどのように触れて、どのように支えていけばいいのか。これは、入院中の子どもに携わっていく中で深く考えてきたことですね。「病気の子どもに対して、こういう教育をしましょう」というような、いわゆる教科書やセオリーはありません。ここが、とても大事な部分だった気がします。

■感情にふたをしている子どもとどのように向き合えばよいか

森:副島先生は著書『あかはなそえじ先生のひとりじゃないよ:ぼくが院内学級の教師として学んだこと(教育ジャーナル選書)』(学研教育みらい)の中で、病気にかかることによって自尊感情が傷ついてしまっている子どもたちに対して、「感情を表現させることが大事」とおっしゃっていました。確かにその通りだと思いますが、いざ子どもたちを目の前にして「感情を出していいんだよ」と言っても、なかなかうまくいかないのではないかと思います。子どもの傷の根が深いほど、難しいのではないでしょうか。

副島:そうですね。最初は、感情にふたをしている子どもたちが多いなと感じていました。どうにかして、その子たちが本当に思っていること、悩んでいること、体の中で感じていることを伝えてほしいなと思っていたんです。

その時、大学院で臨床心理学専門の小林正幸先生から多くのヒントをいただきまして、試行錯誤をする中で、たとえ言葉にならなくても、くしゃくしゃに絵を描いてみたり、工作をしてみたり、歌を歌ってみたり、気に入った詩を選んでみたり、色んなことをしながら、その子の感情を出してもらうようになりました。

森:傷ついた子どもたちにとって、感情を表に出すことが大事なのですね。

副島:傷ついている子どもたちは、「子ども」でいさせてもらっていません。
子どもは、水たまりがあればバシャンと入るし、雪が降ってきたら上を向いて口を開けてみるし、蟻がいたら道の真ん中だろうとしゃがみ込んで見るわけです。ところが大人は、「そんなことをしたら危ない」「風邪をひくからやめなさい」と言う。

そう言われ続けると、子どもは次第に「こんなことをしたらお母さんに迷惑をかけてしまう」などと考えて、自由に動けなくなってしまうんですね。でもそれって、本来の子どもの姿じゃありませんよね。

子どもは、「今」を生きている存在なんです。いまその瞬間の出来事でエネルギーが溜まるんですね。でも、病院の中で言われている言葉は、「早く病気を治して、学校に行きたいでしょう。だったら今、何をすべきか考えなさい」ということです。病院に限らず、家や学校でも、「勉強ができるようになりたければ、今、何をすればいいのですか」と言われます。

病気やいじめ、虐待、貧困、被災などでエネルギーが大きく下がっている子どもたちに、そんな大人の正論をかざしても無理なんです。だから、今とちゃんと向き合うために、その子が感じている「今」の感情を大事にすることが必要なんですね。

例えば、子どもが飲み物を飲んで「おいしい」という顔をしたら、「おいしいね」と言ってあげます。夕日を見て「きれいだね」と子どもが言ったら、「きれいだね」と。あなたが感じている感情は間違っていないよって伝えてあげることで、子どもは感情を出せるようになるし、「そういう感情を持っていいんだ」と思ってもらえる。それが、エネルギーを溜めるために、とても大事なことだと思います。

森:「今」という時間軸の観点は面白いですね。やはり、大人はついつい、先のことを考えて言葉を発してしまいがちです。

副島:例えば、以前「今でしょ!」という言葉が流行りましたが、それは将来を見据えていま何が必要か、という観点だと思うんですよね。ただ、これはエネルギーのある子たちだけができることなんです。

エネルギーが低い子たちは、仮にうまくいった場合でも、褒め言葉が来ると重圧で押しつぶされてしまうんです。うまくいった時に、あまり褒めちゃダメなんですよ。

森:それはなぜですか。

副島:大人はすぐ、「偉いね」「すごいね」と褒めます。エネルギーのある子たちは、それに対して「もっとがんばろう」と受け取れますが、エネルギーのない子たちは、そう言われた瞬間に「次、失敗したらどうしよう」と考えます。これまでうまくいかなかったことの方が多いと、「今はお父さんやお母さん、先生は喜んでくれるけれど、次に失敗したらどうなってしまうんだろう」と、本当に苦しくなってしまうんです。

その時にかけてあげる言葉は、その時その子が感じている感情を言葉にすることなんです。「できて嬉しいね」「できてワクワクするね」と。すると、子どもは「自分は認められている」と受け取ります。それをいっぱいやってあげることが大事。子どもたちが一番知って欲しいのは、今できてうれしいと思っている気持ちだからです。

森:その想像力の働かせ方はすごいと思います。我々も日頃、職場の中で、さまざまな立場や役割の方と話をする中で、相手の気持ちを想像しながらコミュニケーションを取ることは大切だと考えていますが、大人相手でも難しいと感じます。

副島:これは子どもだけじゃなくて、きっと大人も一緒だと思います。個々に悩みがあって、その時にどういう言葉をかけるか。どういうことを受け取ったよと返すか。ここが肝心ですね。思い違いだったら「違ったらごめんね」と言えばいいだけなんです。

森:もっと正直になればいいのですね。

副島:正直さはとても大事なことだと思います。特に子どもに対しては、大人が失敗したら、謝るところを見せることが大切です。子どもは大人が失敗した後にどのようにフォローするのかというところまで全部見たい。だから、教師や親といった立場の大人が失敗した時は、子どもたちに正直さを教えるチャンスなんですよ。

(後編では、副島先生がホスピタル・クラウンを目指したきっかけとともに「人の心の傷」との向き合い方について詳しくうかがいます)

<プロフィール>
副島賢和(そえじま・まさかず)
1966年福岡県生まれ。昭和大学大学院保健医療学研究科准教授、昭和大学付属病院内学級担当。学校心理士スーパーバイザー。大学卒業後、東京都の公立小学校教諭として勤務。1999年より東京学芸大学大学院にて心理学を学び、2006年より8年間、品川区立清水台小学校教諭・昭和大学病院内さいかち学級担任。「ホスピタル・クラウン」でもあり、2009年ドラマ『赤鼻のセンセイ』(日本テレビ)のモチーフとなる。2011年『プロフェッショナル仕事の流儀』(NHK総合)に出演し、大きな反響をよぶ。著書に『あかはなそえじ先生の ひとりじゃないよ:ぼくが院内学級の教師として学んだこと』(学研教育みらい)、『赤はな先生に会いたい!』(金の星社)など。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナルオンライン編集部

文/森脇早絵
撮影/横田達也